下関から始まった、もう一度の音楽

先日、故郷・下関で凱旋ライブを行いました。

そして、約800km離れた東京・お台場の映画館でも、ほぼリアルタイムで観られるという新しい形でのライブ。
二つの会場で、一つのライブをつくる、新しいエンターテインメント。

まず最初に、感謝を伝えさせてください。
このライブを提案してくださったNTTドコモビジネスの小松さんをはじめ、関わってくださったすべてのスタッフの皆様へ。

本当にありがとうございました。

前提として、下関会場のジャズクラブBILLIEは、名だたるジャズミュージシャンが立ってきた場所。
正直、今の自分の知名度では簡単に立てる場所ではない。

NTTドコモビジネスという大きな存在、そして今回のライブのテーマがあったからこそ、
その一部として関わらせていただき、実現できたのだと思っています。

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これまでのブログでも書いてきたけど、
GLASS TOPが終わってからの昨年、自分は音楽活動の再開に躊躇してた。

モチベーションが見出せなかった。

それでも音楽と完全に離れずにいられたのは、NTTからの依頼案件があったから。
もしそれがなければ、気持ちは少しずつ音楽から離れていったかもしれない。

それくらい、音楽を続けることは簡単ではない。
気持ちだけでは続かないし、環境や関係性も必要になる。

そして正直に言えば、
GLASS TOP以上にやりたいことが見つかっていなかったのも事実です。

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そんな中で、昨年6月頃。
今回の凱旋ライブの提案をいただいた。

自分の活動を、故郷・下関で再開できるなんて思っていなかった。
それが新しいエンタメの形になることも、想像していなかった。
仲間を連れて下関に行く未来も、思い描いていなかった。

繰り返しますが、
これらはすべて、自分一人の力では叶えられなかったことです。

NTTドコモビジネスの提案と協力があって、初めて実現できたこと。
本当に、感謝しかありません。

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ひとつだけ言えることがあるとしたら、
きっかけは「下関の歌」だった。

コロナ禍の中、ライブハウスで一人リハーサルをしていた時に歌っていた曲。
それを偶然、小松さんが耳にしてくれた。

その“偶然”が、すべてに繋がった。

もしあの時、あの場所で歌っていなかったら。
もし小松さんがそこにいなかったら。

今回のライブも、今の状況も、きっとなかったと思う。

音楽には力がある。
そう信じたいです。

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今回のライブには、本当に多くの方が関わってくれました。

東京会場は、まさかの映画館。
その会場MCを、親友の英紀とさやかが務めてくれた。

もちろん、会場を盛り上げてくれたことも嬉しい。
でもそれ以上に、
自分の再出発を、あの二人が見届けてくれていること。

それが何より嬉しかった。

これまでの音楽人生において、二人の存在は欠かせないし、これからもそう。
昔のように毎日会うことは減ったけれど、
節目を共有できることの尊さを、改めて感じていました。

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そして東京会場。

自分は画面越しに見ることしかできなかったけれど、
確かに“届いている”感覚があった。

800km離れていても、繋がっている。
不思議だけど、ずっと背中を押されているような感覚だった。

MCの二人が言っていた
「遠いのに、むしろ近い」

そして後日、さやかが言っていた
「会いたくなった」

この感覚は、きっと想定以上のものだったと思う。

最初は「いかにリアルに届けるか」を考えていたけれど、
そうじゃなかった。

下関と東京は、同じ体験である必要はない。

それぞれにしかない価値がある。
それが、この新しいライブの本質だった。

今回だからこそ気づけた、大きな収穫でした。

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少し話は逸れるけど、
今回、自分の中では整理しきれない感情もあった。

先月、母が脳梗塞で倒れたという連絡がありました。

1月に帰省したばかりだったので、本当に驚いた。

入院当初はかなり大変だったようだけど、
家族はなるべく自分に気を遣わせないようにしてくれていたのも伝わってた。

そんな中での、下関でのライブ。

アルバム制作、日々のやるべきこと、ライブ準備。
気持ちの置き場が分からなくなるような状態だった。

幸い、母の容体は回復に向かい、
ライブの前日には退院することができた。

久しぶりに会った母は、
確かに“前と同じではない”感じだった。

命が無事だったことは何よりのこと。
でも同時に、現実も強く感じた。

ライブ当日、出発前に声をかけに行ったけれど、
その時は反応もなく、眠ったままだった。

また元気な姿を取り戻してほしい。

そしていつか、自分のライブを観てもらいたい。
一度じゃなく、何度でも。

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ここから、小林 佳としての音楽人生が始まります。

高校生の頃から音楽をやってきて、
気づけばずっと誰かと一緒に活動してきた。

一人でやることに興味がなかった。
音楽以上に、“仲間といること”が好きだった。

でも今、ひとりになった。

正直、売れたいとか、注目されたいとか、
そういう感覚は自分の中にあまりない。

でも、人は好きです。
仲間も、ファンも、関係者も。

音楽で繋がれた人たちが、大好き。

だからこそ、
その人たちと繋がり続けるために、自分はもっと力を持たなきゃいけない。

好きな人たちに、何かを与えられるように。
もう一度、本気で音楽に向き合います。

評価されることで、
きっと誰かと繋がり、何かを届けられる。

逃げずに、やっていきます。

音楽人として、成功したい。

だから、これまでやってこなかったことにも挑戦する。
誤解や否定もあると思う。

でもすべては、音楽で勝ち取るための選択です。

一人でも多くの人に届いてほしい。

だから、応援してもらえたら嬉しい。
それぞれの形で、無理のないペースで。

ただ、もし自分の音楽に魅力を感じなければ、無理はしないでください。
それはすべて、自分の責任だから。

もうさ、浅い繋がりはいらないんだ。

ちゃんと、根っこで繋がりたい。
そうでなければ、続かないし、広がらない。

まずは、信じた「POP SONG」を歌っていきます。

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改めて、
今回の下関×東京、800kmを超えるライブに関わってくださったすべての皆様へ。

本当にありがとうございました。

まだ書ききれていない想いもありますが、

下関まで来て、想いを共にして演奏してくれたバンドメンバー、
制作として下関会場を支えてくれた内藤さん、
東京会場でPAとして支えてくれた丸山さん、
そしてNTTドコモビジネスとの繋がりを作ってくれた萩原さん。

改めて、
下関・東京、それぞれの会場に足を運んでくださった皆様へ。

心より感謝しています。

今回、参加できなかった方もいると思うけど。
歌ってくんで、また会いましょう。

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ここから、小林 佳、始めます。
よろしくお願いします。

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